恋の直球ボマー





あれは、そう。初夏の爽やかな朝だった。

衣替えも過ぎて、長袖シャツも殆ど見掛けなくなった頃の朝。
半袖の制服をだらしなく着崩して登校していた私は、前方の人混みの中に、見慣れた後ろ姿を見付けた。
私の知らない子と一緒に歩いている、幼馴染み。
ずっと後ろからその楽しそうな様子をぼんやり見ていると、ふつ、と不意に悪戯心が湧いた。
他の生徒に紛れて、気付かれないようにそっと近付く。
そろそろと一人分ほど後ろまでにじり寄り、その肩口で揺れる二つのピンク色に狙いを定めた。


「蘭ちゃん、おはよ!」
「ひゃっ!?」


おさげ髪をひっ掴んで、ぴょんっと毛先で頬を擽ると、肩を震わせて驚く甲高い声が聞こえた。
やだかわいい何その声。


「〜〜っなまえ!お前そういうのやめろマジで!!ビビる!」
「えっなんで私って分かったの!?」
「お前くらいだろ、そんなことするのは!全く…脅かすなよ、心臓に悪い…!」
「えへへー、ごめんごめ…」


ぴたり。

一時停止されたかのように凍りついた私に、蘭ちゃんが声を掛ける。
でも何を言ったかはちょっと聞き取れなくて、というか、そこまで耳に入らなかった。
ガン見したままの私と見つめあう形になってしまっている翡翠色の少年が、怪訝そうに首を傾げた。
あれ、なんか、なんかおかしい。
心臓がすごいきゅううんってなってる。
ていうか、やばい。なんかよく分かんないけど、やばい。
いや……もしかして、もしかすると、だよ?
これは、まさに、あれじゃないかな?
前に茜ちゃんが言ってた、あれなんじゃないかな……!?


「……蘭ちゃん」
「なんだよ」
「こ、こちらの方は…?」
「ん?ああ、サッカー部の後輩だよ。一年の影山と、狩屋」
「は、はじめまして」
「……どうも」


ぎぎぎ、と音がなりそうにぎこちなく首を回して問えば、蘭ちゃんの指が、隣で呆ける青紫と緑色の少年達を順に指差す。
……そう…君、狩屋くんっていうのね!


「で、こいつは俺の幼馴染みの…」
「みょうじなまえです!狩屋くん!私と付き合って!!」
「……はい?」
「え」
「は?」


ぴたり。
今度は、皆が凍る番だった。

しまった、つい勢いで口走っちゃった。
でも、言っちゃったものは仕方ないよね!
隠すことでもないし、ていうか、寧ろ押せ押せな方が良いって水鳥ちゃんも言ってたし!


「なまえ、いきなり何言ってんの…?」
「だってね、蘭ちゃん、私、一目惚れしちゃったみたい!」
「…はあ!?」
「今ね、ビビビ!ってきたの!狩屋くんのこと、好きになっちゃったの!」
「……マジか」
「マジです!」
「でも本人、面食らって固まってるぞ」
「えっ!」


呆れた蘭ちゃんが指差したのは、目と口を大きく開いてポカンとしてる狩屋くん。
あっ、そ、そうだよね、初対面で告白されたら、びっくりしちゃうよね!


「ごめんね狩屋くん、急にびっくりしたよね?でもこれ事実なんだ!」
「フォロー出来てないぞ、それ」
「うぎゃっ」


慌てて取り繕った(つもりの)私に、蘭ちゃんのツッコミが冴える。
な、何もチョップしなくても……!
地味に痛い。しかもいつもより心持ち強い。なんでだ。


「悪いな狩屋、気にしないでくれ。バカなんだこいつ」
「は、はあ…」
「蘭ちゃんまじどいひー…」
「うるさい。ちょっと俺こいつどっかやるから、お前ら先に……」
「狩屋くん、返事は?」
「……え」


何度目だかの凍った空気が、私達を覆う。
…………い、今の、私じゃないよ!?
返事は?って、言ったの私じゃないよ!?
落ち着いて見てみれば、狩屋くんの隣でにこにこしている青紫の男の子……ええと、かげやまくん?が、先と同じ声で「返事はどうなんですか?」と言った。


「なっ、影山、お前なに……」
「だって、今の、告白でしょう?だったら、返事しないと駄目じゃないですか。ねえ、狩屋くん?」
「へ?あ、え、はあ!?」


ねっ?と可愛らしく微笑む影山くんは、なんだか有無を言わせない雰囲気を醸し出していて、あーこいつ完全に面白がってるな、って思った。
でも、確かに返事は気になる。
そりゃあ、期待なんてしてないけど。
でも、でもだよ?
まさかまさかの万に一つってのが、あるかもしれないじゃない!


「狩屋くん、お願いします!」


前に何かのテレビで見たように、頭を下げて手を差し出す。
戸惑う狩屋くんの声が頭上から降ってきて、どもる声もかわいいなとか思っていると、端から呆れる蘭ちゃんの溜め息と、影山くんのだめ押しの一声が聞こえた。


「どうなんですか、狩屋くん?」
「え、そ、そんな事言われても……」
「まあちょっと返事するだけだ、言ってやれよ」
「き、霧野先輩まで……!」
「ほら、狩屋くん、みょうじ先輩が待ってますよ」
「お願いします!!」
「ほら、狩屋くん」
「言ってやれ、狩屋」
「う……そ、そんなの…………!」






「…………ごっ、ごめんなさい!」
「ですよねー!」





恋の直球ボマー

(芽生えて二分で初恋が散った…!)
(まあ読める展開だった)